あんな卑怯な人々の声を信じてはいけません

先日、本当の史実を垣間見る動画が投稿されていた=(^.^)=

 

これは2015年、靖国神社を取材したCNN記者が涙を流すパラオ人男性から聞いた言葉です。

中国や韓国は「靖国は戦争犯罪者を祀る場所」と激しく批判します。

しかし、その男性は日本軍に占領された国の出身者でありながら、なぜ涙を流して参拝していたのか?

1.「地獄から地獄へ…そして光が差した」

CNN国際記者ビル・リプリー氏が靖国神社で出会ったのはイナボ氏というパラオ出身の老人でした。

「私の国はスペイン、ドイツ、そして日本に占領されました」

彼が語ったのは想像を絶する歴史でした。

スペイン統治下では奴隷のように働かされ、ドイツに支配が移ると更に過酷に。

1日3時間睡眠、賃金0、伝染病が蔓延しても治療なし。

人口は90%減少し、6万人が6000人に。

イナボ氏の兄は10歳で鉱山労働を強いられ、栄養失調で死亡。

父は抵抗を試みて息子の目の前で公開処刑されました。

そこへ現れたのが日本軍でした。

2.「俺たちは同じ日本人だ」

日本兵が最初に告げた言葉に島民は混乱しました。

「1日3食食べろ、風呂に入れ、子供は学校へ行け」

学校では温かい昼食が出され、大人には初めて賃金が支払われました。

道路、病院、港が次々と建設され人口は3万3000人まで回復。

イナボ氏が建築現場で出会った中川隊長は、完成祝賀会に島民を招待し、こう言いました。

「君たちも同じ日本人で一緒に作ってくれた仲間だろう」

3.「土人に力を借りるなど言語道断だ!」

やがて太平洋戦争が激化。

5万のアメリカ軍がパラオに迫ります。

イナボ氏たちは恩返しのため、共に戦うことを申し出ました。

しかし中川隊長は激怒します。

「黙れ、我々帝国軍人が貴様らのような土人に力を借りるなど言語道断だ!」

裏切られたと絶望するイナボ氏たち。

強制的に避難船に乗せられます。

しかし船が島を離れた瞬間、真実を知ります。

砂浜には大勢の日本兵が並び帽子を振り、涙を流しながら叫んでいました。

「元気でな!必ず生きるんだぞ!君たちの手でパラオを立て直してくれ!」

わざと拒絶したのは島民を戦場から遠ざけるため。

中川隊長の愛だったのです。

4.「手に握られていた、あの日の写真」

73日間の激戦後、ペリリュー島は全滅。

日本兵戦死者1万695名。

しかしパラオ民間人の犠牲者は0でした。

戦後、島に戻ったイナボ氏が見つけたのは全身に銃弾を受けた一人の日本兵の遺体。

その手には1枚の写真が握られていました。

それは病院完成を祝い、中川隊長とイナボ氏たちが笑顔で写った、あの日の記念写真でした。

CNN国際記者ビル・リプリー氏の番組放送後、世界中から賞賛の声が殺到します。

「歴史に感謝される占領者が居たなんて…」

「教科書が教えない真実が、ここにあった」

靖国神社は戦争を賛美する場所ではありません。

命をかけて守ってくれた人への感謝を伝えに行く場所なのです。

 

https://chintao1224.hatenablog.com/entry/2026/02/17/145204

 

中川隊長や日本兵は日本人が持つ志を貫いている=(^.^)=

 

他人のための自己犠牲。

 

これは死ねば良いという考えではないo(`ω´ )o

 

他人のために尽力するということ。

 

昨今、他人のための自己犠牲ではなく、自己中なる考えが蔓延しているo(`ω´ )o

 

で、何故中川隊長や日本兵のようにしなくちゃいけないんだと考える人が増えている。

 

かく言う僕でさえ、中川隊長や日本兵のように命を差し出すことは難しいかも知れない(*_*)

 

でも他人のために尽力することは忘れてはいないし、忘れるつもりもない。

 

自己中の人には今一度考えて欲しい。

 

我が身を投げ出して守ってくれた先人がいたから、いまの日本があるんだということを(><)

 

日本が戦争で負けたにもかかわらず、占領されることなく日本が日本であり続けたのは先人たちの国を思う強い思いがあったからということを。

 

中韓が何をしても何を言っても先人たちの思いを引き継ぎ尽力すべきだと思う。









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